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デカセーギ 大宮知信 草思社 1997



「何かがないとという感じがした。何がないんだろう。
人間が無機物化しているというか、抽象的な物体のようだ。
ブラジル語で言うビバシダージ(生命感)がない。日本はカラスがいっぱいいますね。どこへ行ってもガーガーとカラスの鳴き声が聞こえる。
どうもあのカラスが日本の暗さを象徴しているように思えてならない。


.....ある出稼ぎブラジル人の言葉。


日系ブラジル人の日本「出稼ぎ」について。地球の裏側まで取材にいって、彼らの中から出稼ぎを考える。

若い日系人が軒並み日本に出稼ぎに行ってしまうので、向こうの日系人社会が労働力を失って不安定になり、何十年もかけて築いてきた信用ががたつき始めているという、意外な一面などが分かる。

日系人の歴史を振り返ってみると、最初の移民というのは、事実上黒人奴隷の替わりであったというのがなんとも複雑な気持ちにさせられる。ちょうど黒人奴隷の解放があった後で、黒人と入れ違いに移民たちがあてがわれた。同じ掘っ建て小屋に、今度は日本人などの移民が入ってきたわけである。この世界から這い上がるために費やした努力やくるしみというのはやはりただ事ではないだろう。

政府の移民無策ぶりは言うまでもなく、ひどいものだった。彼らは、日系人ももはや日本人とは何の関わりもない一つの駒にしかすぎないのだ。まあここは一般日本人国民も同じ扱いではあるが・・・
そもそも、日系人出稼ぎをしやすく制度を変えたのも、バブルの折の労働力不足をうまい具合に補おうとしたためで、バブルが崩壊するやとたんに突き放すような発言をして見解を変えてしまう。日系人社会からひんしゅくを買っていた。
さかのぼればブラジルなどへの移民を奨励したのも、あふれる農業人口を何とかしようという政策の一環だった。政策は政策で良いのだが、冷たく切り捨てて振り返ることもないところが日本らしい。
冷たいことこの上ない。

出稼ぎに来たら来たで、ぎすぎすした日本人の冷たさにがっかりする。
冷たくあしらわれる事が続き、発作的に人を殺してしまう日系人も出る始末。
読んでると、日本人というのが、閉じられた空間で自閉することで、日常の安定を得ているらしいということに気づく。「安全な日本」「住みやすい日本」というのは、異質なものを排除して知らぬ振りをして見せることで、どうにか成り立たせていることなのである。

本の中にあるとうり、海外にいる日本人に選挙権がないという、先進国でも珍しい国であるわけなのだが、海外の日本人など日本人だと思っていないのだから当然のことだろう。




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