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ケンウィルバーの
ニューエイジ批判
  
 

 

  
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では、こうした考え方は、いったいどこからやってきたのだろう?ここでしばらくトレヤのことから離れて、ニューエイジ信念を報じる人たちについての持論を展開してみたい。ぼくはニューエイジ的信念がもたらす苦しみついて、同情を込めて説明をするつもりはない。むしろ、それらを整理分類し、とことん議論化してやろうと思っている。なぜなら、こうした考え方は危険だし、さらなる苦しみを防ぐという目的のためだけでも、整理して片付けてしまう必要があると考えるからだ。また、僕の批判は、こうした考え方をいわば無邪気に、素朴に、無害な形で信じ込んでいる大勢の人たちに向けられるものではない。僕の念頭にあるのは、ニューエイジ運動の全国的指導者とか、「あなたの想念が現実をつくる」といったセミナーを開いているたちーーー例えば、ガンは怒りによってのみ生ずるとか、貧困は自分の行為の結果で、自分の中に抱えている抑圧のせいだとか教えるワークショップを開催している人たちだ。僕の考えでは、彼らは善意の人であるかもしれないが、にもかかわらず危険人物だ。なぜなら、彼らは、必死の働きかけが必要な本当のレベルーーー身体的、環境的、法的、道徳的、社会経済的レベルーーーから、人々の注意をそらしてしまうからだ。 
僕の考えでは、これらの信念ーーーとりわけ自分が自分の現実を作っているという信念ーーーはレベル2のものだ。そこには自己愛的人格障害に特有の低迷小児的かつ魔術的な世界観のすべての特徴(誇張、万能感、ナルシシズムのなど)が含まれている。思考は現実に影響を与えるだけでなく現実を作り出すという概念は、自我の境界線が完全に出来上がっていないこと(これがレベル2の特徴だ)の、直接の結果だと僕は思う。思考とその対象が明確に分離されていないため。思考を操作することがすなわち対象を万能的かつ魔術的に操作することになってしまうのだ。 

「自分(右)世代」においてその頂点を迎えたアメリカの超個人意識的文化が、魔術的・自己愛的レベルへの後退を助長したのだと僕は思う。 
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