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  ★今回は低調かな??★
精神世界本

  
 
宇宙の根っこにつながる人びと 
天外伺朗
 サンマーク出版
 
まあ、まあ ★★★ ニューエイジ

このひとはよく見かける人ですが、今まで読むのを避けていました。
天外伺朗というペンネームのセンスが怪しげだし、書いている本の題名も「あの世」
がついたりとか、結構危ないような感じがしたからです。
サンマークという、間口を広げすぎて時にレベルが下がることがままあるようなところから出している事も
何らかの先入観を抱かせるものでした。
しかしこの本を読んでみると、内容はともかく、
誰と活動しているとか言う《横の繋がり》に関してはかなりまともなようです。
例えばスタニスラフ・グロフ博士とか、フィンドホーンの寺山心一翁とか。また
ホスピス医の森津純子やホリスティック医療の帯津良一とのかかわりもあります。
選ぶ人によってその人のレベルが分かると言う意味では、
精神世界のもっともまともな道を行っているといっていいです。
活動内容も、トラウマのない死に方を探ったり、同じくトラウマのない出産の仕方の探求など、
これも怪しくない、すごくまともな方向と言っていいと思います。
ではなぜこちらにこれが今まで伝わらなかったのかと言うと、
このひとの”言語的センス”とでも言うべきものがどうやら致命的だったらしいです。
ペンネームの選び方もそうですが、例えば先の「より良い死にかたの研究会」の名称が
「マハ-サマーディ研究会」だったりします。意味的には確かに説明の通り良いのですが、
これを実際にの運営のための名称とするのはそれとは別なような気がします。
もしかするとあやしすぎるのでは、と言う常識的なセンスが抜け落ちています。
また「あの世の科学」という類の、本の題名のつけ方もこうした言語感覚の悪さと繋がっているといえます。

方向はいいとして、やはりサンマークのこの手のものらしく内容はかなり薄まって
読みやすすぎるためそれほど強い印象を与える本ではないです。

もう古くさいからまた繰り返すのもどうかというようなニューサイエンスの話題――ボームの暗在系・明在系だとか
がやはり説明されていますが、暗在系に括弧をつけて臆面もなく「あの世」と書いてしまう同様の粗雑さも
なんともいえません。ユングの集合無意識の説明もなんか変です。

でも思っていたよりまともな人でした。

 
 
 
終末と救済の幻想
−オウム真理教とは何か
 ロバート・J
 岩波書店 
 
別に… ★★ オウム

個人的にはオウムと言うものにはあまり興味はないので、別にどうということもないです。
何でこんなに分厚くなるほど書くことがあるのか、とすら思います。

前半がオウムの話で、日本にいればなんとなく知っているような事ばかり出てきて、
ああまたか、と思うだけで、
個々人の信者へのインタヴューだと言う事がポイントなのかなとは思うけれど、
目新しい事があるわけではないです。
後半はヘブンズゲートやオクラホマ爆破事件など最近のカルトの事件をオウムと比較する形で紹介していますが
これも型どうりとうわけで、分析として面白いとか言う事はありません。
ただ、オウムを過去の日本の天皇制の戯画として見ていて、臆面もなく共通点などを説明するあたりは
外国人だからこそできたのかな、と言う感じです。

こういう本がアメリカやドイツで発売されたと言う事実が重要なのかもしれません。




今、ブッダならどうする
−21世紀を生きる仏教の智慧100
フランツ・メトカルフ
主婦の友社
 
ただ単につまらない ★★ 仏教

「犯罪の被害者になったらどうする?」
「ダイエットが気になったらどうする?」
といったような、気の効いた質問101個に仏教のさまざまの経典から答えを持ってくると言う
ありがちなパターンの本です。

それらを強引に全部ブッダからの答えという形にしてしまうのですが、
なにしろダライラマやら唯摩経やら法華経やら禅やらあらゆる経典の引っ張り出してくるので
まとめてみるとちぐはぐさが目立ち、統一してないばらばらの答えになっているようで
答える端から空中分解しているような印象を受けます。
来世を信じるブッダと、来世を決して語らないブッダが同居しているような
居心地の悪さです。

著者は大学で仏教を学んだ人のようで、著者の解説も
頭のみで理解しているような上滑りした感じがぬぐえず、
こんな解説ならつけなくても同じではないかと言うような、陳腐なものです。
引用のところだけ10分くらいで読んだらあとはいらないというような感じです

アメリカのあまり仏教を知らない一般の人々に書かれた本
なのでしょうが、そういう人になら意味はあると思いますが
これをわざわざ日本で翻訳しなくてはいけない理由がわかりません。
あちらではこの手の、お手軽な精神世界本が結構出ているようですが
(向こうで売れているのかどうか知りませんが)
主婦の友社は明らかに本の選択を間違えたようです。

善悪の彼岸へ
宮内勝典
集英社
 
まじめに考えつづける  ★★★★ オウム

このひとはまじめな人なんだなあ。
文学者として、オウムの事件を「文学の敗北」ととらえて
反省しつつその病理について考えています。
「文学の敗北」と言っているのは、自分がかつて統一協会かなにかにつかまったとき、
洗脳しようとする彼らの働きかけをあっさりかわして逃げ出す事ができた、という
体験に基づいたものです。文学をよく読んでいたので、人間というものについて
より深い洞察を持つ事ができ、そのために彼らのような稚拙な教義にひっかかることはなかった
というわけです。
彼にとってオウムのような人びとが現れてきたと言う事は、文学の力が衰えているために他ならない、
文学者のひとりとしてその責任を深く感じているということです。
現代の日本でここまでせっぱ詰まったようにオウムについて考えている人は珍しいかも知れません。
オウムについての責任と言う意味で、仏教を中心とした宗教者の発言なんてまったく聞いたことがないし、
仏教学者は雲隠れしたように表に現れないし、たまに現れるとオウムに関わったことへの言い訳のためだったりしてます。
で、オウムの問題はなんかとんでもない殺人集団、くらいのどうってことない事件として終わってしまっています。

こういう立場の人は他にもたくさんいなくてはいけないのですが、ほとんどいないために、
この人一人がそのすべての責任の重荷を抱え込んでしまっているような雰囲気で、
読んでいるとその緊張感に、なんとなく息が詰まりそうになるところがあります。
シュタイナーの宇宙論を、妄想体系として斬リ捨てていますが、
まったく字義通りとらえる余裕のなさにもあせりのようなものを感じます。

このように責任感じているからこそ、ノーギャラで上祐とのテレビの対談に出るし、
タントラの文献を読み漁る。
いつもいつもオウムの論理にどう反論すべきなのかを考え続ける。
この独白のような文体が作者の通ったくねくねした道をたどっているようで、独特です。
前に読んだオウム本のドライな感じの対極にあります。

結局、 ブッダがすべてをまぼろしだというように言いながら、涅槃と言う幻想のみを残したところに
仏教のニヒリズムが危ない形で表に出る下地を作ってしまったということを指摘しています。
実際のところ、個人的には涅槃や転生をめぐる作者の考えをそれほど納得しているわけではないのですが
(例えば転生してくるところは生き物にとって喜びであるはずじゃないかと言うような部分…なんだか唐突でよくわからない)
こういう指摘自体はまっとうで、ブッダの言葉に本当はどういう意図があったのか考えさせられます。
仏教は涅槃と言う概念によってのみ外界と繋がりをもっているかのようです。
オウムの持つ危険性は、下手するとすべての仏教が持っているのかもしれません。

すべてがむなしい幻影ならば、どうやって内面と外面のバランスをとるのか。
作者の訪れたインドのヨーガ行者のように、まったく外界に無関心になるのも欺瞞でしょうが、
さまざまな社会的な事件はおろか、オウム事件にさえ日本の仏教界が沈黙を決め込んでいるのも
すべて外に見えるものは無意味という、こうした仏教のニヒリズムが背景にあると考えられます。
仏教が世界に向かって活動するときの根拠はどうあるべきなのか、つまり
オウムの論理に仏教はなんと反論できるのか、
やっぱり仏教が何か発言すべきだと思えます。


 
 
 
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