完全なる治癒ーガストン・ネサンのソマチッド新生物学
クリストファー・バード 徳間書店 1997

TOP

ガンの「革命的な」新しい特効薬の話で、しかも徳間書店。
こりゃ、「トンデモ系」じゃないの?と当然の疑問を抱いたのだが、訳者が 上野圭一。この人の本はよく読んでいて信用できると思うので、気をとりなおして読んだ。
いつのまにか、徳間書店はNatura-eye scienceというシリーズを出しており、他にも面白そうなものがあるようだ。この本は、そのシリーズのなかの一つ。

内容は、前半が、ガストン・ネサンというカナダ在住のフランス人医学者の開発した「ガンの特効薬」に関する裁判の模様をなぞっていく形となっている。

ガストン・ネサンという医学者は、独自の顕微鏡を発明し、これによって細胞よりも小さい有機体を発見した。彼はこれをソマチッドと名づけた。これは16の異なる形態をもって成長していく。これは事実上不滅の有機体である。
いわば「DNAの前駆物質」で、これがなくては生命は、維持できない。細胞分裂に必要なものなのだ。
この上に生物組織は乗る形になっており、生体の状態によって、ソマチッドの変態様式の変化がおこる。
だから、この「ソマチッド」の状態を観察する事で生体の健康状態が分かるし、 その環境を改善する事で病に対して「免疫力を上げる事による」治癒が期待できるのである。

なぜこれまでこの最小単位の有機体が知られていなかったのかというと
電子顕微鏡では、観察対象に物理的な変化を加えてしまうので、見る事ができなかったのだという。

一見とても奇妙な理論なのだが、読んでいるとそれほど突拍子もないことではなさそうに思えてくる。注目すべきは、過去にも何人かの化学者たちが同じような結論に達している事だ。パスツールと張り合った、アントワーヌ・ベシャンの理論はその先駆だった。他にもロイヤル・レイモンド・ライフの発明した”ユニバーサル顕微鏡”による観察。現代の何人かの医学者もネサンに賛同している。

このような現代医学の常識に真っ向から対立する理論は、当然カナダ医学界のすさまじい、「魔女狩」的攻撃に出会う。このヒステリックさは異常で、何か触れてはいけない点をついたのだ。それは例えば、 細菌は単一形態でなく、形態が変化し、ウィルスのように濾過機を通る、という「常識への挑戦」のためだったろうし、 「病気の原因を、外からの侵入者のせいというだけでなく生体内部の状態も重要な要素であるとみる。」という「全体論的(ホリスティック)」な考え方のためだったかもしれない。
とにかく現代医学の理論・体制と噛み合わない理論である。

ネサンの治療が癌にきわめて有効であり、そのため評判も高まってきた事が彼らをさらに刺激してしまい、 ついに訴えられるに至る。

可笑しいのは、この本の著者があまりにもガストン・ネサンに肩入れしているので、 時々文章が平衡を逸してしまうところ。最終的には、裁判に勝ったので、興奮している余韻が残っているのかもしれない。
ファーブルが、ここまで話したとき、一心に聞いていた陪審員の顔が恍惚とした表情に変わった

変わってない変わってないって。人の証言を聞くだけで恍惚とする?

法廷の感動の高まりはますます勢いを増し、とどまるところを知らなかった。

これはガストン・ネサンの薬でガンが治った人の証言を聞いての描写。カナダ人は簡単に感動してしまう。

別の証言者の登場の場面。

宣誓をした後、書記官に職業を問われると、フランソワ・ヴィレルミーは一言、「裁判官」と答えた。
その言葉で、小さな法廷に稲妻が走った事は想像に難くないだろう。

稲妻もばんばん走る。
ネサンの治療薬の使用を許した医師に対しては

<魂と良心>に導かれた医師がここにもいた!

と興奮してしまっている。

しかし著者が「肩入れ」しているといっても、これは表現の問題で、公平に見てガストン・ネサンの発見は画期的であるし、実際優れている。裁判で次々に証言された治癒した人々の経過は、疑う事ができない。
「気のせい」だというガン医学界のお定まりの反論も、証言の質を考えればどうも説得力にかける。このへんの 回復していく様子は、極端な例だけを引いているとしても、痛快なものである。
国民的シャンソン歌手、ジル・ヴィニョーや、元閣僚ジェラルド・ゴダン、風刺漫画家のノルマン・ユドンなどの「名士たち」なども、自らの、あるいは周辺の体験から、ネサンを支持している。ひどい癌から回復するという信じがたい体験のために、支持者の言動も興奮気味にみえる。
理論はどうあれ、とにかく「効果がある」という事である。

訴訟が失敗に終わっても、カナダ医学界の、ネサンに対する攻撃は止まない。
攻撃の仕方にしても、汚いもの。いくら効果があるとしても、調査する事さえしない。ネサンはこれを「医学界のベルリンの壁」と呼んでいる。

著者は、シュタイナーの思想にも触れ、病気の原因が生体そのものの問題であると彼が主張した事なども紹介している。
ネサンへの援護射撃としても、危なっかしく思えるのは、こう言う「オカルチックな」 人物を無防備に出しすぎるのではないかという事だ。
たとえば他にも、典型的な「マッドサイエンティスト」と言われかねないライヒを引いてきている。
オルゴンエネルギーもいいが、勇み足で自滅してしまうと何もならない。また「霊能力のある」科学者が登場したりと、 ここらは「体制派」に付け込まれる隙となってしまうかもしれない。偏見を増す恐れがある。
注意して欲しいと思う。


TOP